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広島地方裁判所 昭和30年(行)14号 判決 1956年9月14日

原告 因幡材木株式会社

被告 広島国税局長

主文

原告の請求は棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が昭和三十年四月二十一日になした原告の審査請求を棄却する旨の決定は取消す、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因としてつぎのとおり述べた。

原告は、昭和二十八年八月三十一日当時、法人税納税地を鳥取県八頭郡智頭町とする法人であつたので、昭和二十七年七月一日から同二十八年六月三十日までの営業期間内における法人税の課税標準となる確定所得金額を八十八万七千六百一円として、訴外鳥取税務署長宛に申告した。ところが右訴外人は昭和二十九年四月八日になつて、右金額を二百七万五千五百円に更正する旨の決定を原告に通知してきた。そこで原告は同年五月五日、右更正決定に対して再調査の請求を右訴外人になしたところ、同人は同年七月三十一日原告の右請求を棄却した。よつて原告は更に同年八月十八日被告に対し審査の請求をなしたが、これも昭和三十年四月二十一日棄却せられた(以下これを「本件決定」と略称する)。しかし本件決定には、その理由として審査請求の各不服項目についてそれぞれ「原処分が相当である」との記載があるのみで、何故に原処分が相当であるかの点は全く明示がない。法人税法第三十五条によれば、本件決定には理由を附記することになつているが、右にいう「理由の附記」とは、具体的に明示されることが必要なのであつて、例えばどのような事実資料にもとずいて、どのような係争事実を認定し判断したかの、決定処分に至るまでの判断経過を具体的に記載することを要するものと考える。本件決定は右に違背してたんに判断結果のみを記載したものに過ぎず、その理由が判明しないから、理由の明示を欠くものとして違法不当の決定であつて取消されるべきものである。よつて本件決定の取消を求めるため本訴におよんだ。

(立証省略)

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁としてつぎのように述べた。

原告主張の事実中、本件決定には全く具体的な理由の記載がないとの点は否認するが、その余は全部認める。本件決定には原告が主張する程度以上には具体的に理由が附記してある。なお本件決定の理由については、法人税法第三十五条の解釈として原告主張のような意味での決定処分に至るまでの判断経過を詳細に記載することは要求されていないものと考える。そして本件決定の具体的性格(とくに爾後審査の点)からも、本件決定には原告が審査請求において申立てている個々の事項について、原処分が正当であるかどうかを一々審査した結果、結局原処分が正当であつた旨を附記して原告に通知したものであるから、法人税法第三十五条所定の「理由の附記」としては十分である。

(立証省略)

理由

原告の主張事実中、本件決定にどの程度の理由が記載してあつたかの点を除いては当事者間に争いがない。そして右理由の記載程度の点についても、少くとも本件決定に原告が審査請求によつて申立てた各個の不服事項について、それぞれ「原処分が相当である」旨の記載がなされていたことは当事者間に争いがない。

そこで、本件決定に「理由の附記」が必要であるとされる法人税法第三十五条第五項の解釈について考えてみる。まず少くとも、同項所定の「理由の附記」に原告主張のような意味での厳格な記載が要求されているものとは考えられない。原告の右主張は民事訴訟における判決書を想定しての立論のように伺われるが、民事訴訟における判決書の記載要件がそのように厳格なのはとくに民事訴訟法第百九十一条によつてその記載事項が法定されていることに基因し、同条の規定がない限り必ずしも条理上から当然には要求せられるところのものではない(例えば同法第三百五十九条参照)。したがつて、もし本件決定にも原告主張のような民事判決書と同様の理由の記載が必要だとすれば、当然そのことを規定してある筈であるのに、法人税法第三十五条第五項にはそのような規定は見当らない。そうすると本件決定の「理由の附記」も結局本件決定の具体的性格からその記載程度を裁量すれば足りることになる。ところで本件決定は被告の主張するように原処分に誤りがあつたかどうかの点をまず審査する意味では、まさに爾後審査の型を採るから、本件決定処分庁としての被告が、原告の原処分に誤りがあると指摘する不服申立事項について、個別的に検討した結果、いずれも原処分の判断が正当と考えた場合、原告の審査請求を棄却する理由として被告の持ち合せているのは、まさに「原処分が相当であるから」ということ以外にはあり得ない筈である。とくに成立に争いのない甲第六号証によれば、本件決定について被告は争点事実(審査請求によつて申立てられた不服事項)を個別的に明示し、それぞれについて全く原処分と同一の認定(判断)に達したことが明示されているのである。そうすると、もし被告にこれ以上の説明を要求するとすれば、後は原告のいう「何故そう認定したか」という所謂事実判断に至る過程、つまり証拠説明をもとめることになろう。しかし刑事裁判においてすら証拠証明は省略されて「証拠の標目」の記載のみで足りるとされているのが現状であり、しかもこのことは民事判決書の場合と同様、そのことが法定されていることに基因している(刑事訴訟法第三百三十五条)。そうだとすれば、行政処分としての本件決定に、とくに明白な法規の宣明でもない限り、そこまで要求する必要もないと思われるし、行政処分における判断資料は、民事・刑事の裁判の場合のように、厳格な手続のもとに収集された「証拠資料」には限らないことも考慮すれば、少くともそのような要求が余り重要な意味をもつものとも考えられない。以上の諸点から考えてみると結局本件決定記載の理由は法人税法第三十五条第五項の「理由の附記」としては十分であつて、原告主張のような違法不当はないものと考える。

したがつて、原告の請求は爾余の判断をまつまでもなく失当であつて、容れられないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大賀遼作 牛尾守三 円山雅也)

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